交通ののぼり
昔から現在まで様々なのぼりの使われ方をしてきましたが、その1つとして交通安全というのぼりが挙げられるわけですが、1年に数回にわたって7日間ほど交通安全運動週間として、警察官や交通安全協会の人たちが、交通安全ののぼりを片手に活動しています。
また、小学校では警官の制服をきているおばちゃんが訪れて、自転車の乗り方や、交通事故になりやすいケースの映像をみせて、交通安全に対する知識を付けさせ、悲しい思いをしないために講習や実技を行うわけですが、その際に必ずのぼりを持っています。
あまりにも昔の事で鮮明に覚えてはいませんが、そのように記憶しており、小さい頃に最も印象に残っているのぼりでして、きっと皆さんも同じだと思うのですが、有名な交通安全協会に付いて話して行こうと思うのですが、通称「安協」と呼ばれるものです。
また、交通安全母の会というものあり、これらは警察による威光によって結成された組織であり、目的は同じはずなのに何のために作られているのか気になるところですよね。
だって、私たちの税金によって作られた組織なわけですから、理由が知りたいところです。
小学生の頃は悪いイメージのなかった交通安全の「のぼり」ですが、車を使用する今の私としては心臓に負担がかかる期間となってしまい、スピード違反や酒気帯びは当然の頃ながら、シートベルトや携帯電話の使用でも、即座に白バイクに追いかけられます。
もちろん酒を飲んだ後は車を運転することはありませんし、携帯電話も使用しないので、交通安全ののぼりを見ても平気なのですが、気持ち的に私の心を不安にさせます。
のぼりの歴史的な違い
のぼりの歴史的な違いがあること先に説明した通りですが、これはその時代を生きた人たちの生活の表れでもあり、現代との違いがある要因というのは、正しくそこにあるのです。
それでは、織田信長などの武将が存在した時代まで遡って話を進めていくと、まずは食事の内容が違いましたし、着ている服もちがうわけで、逆に今と同じところを探すほうが大変なくらいで、唯一絶対的に同じだと言えるところは、日本人であり生きている事です。
つまり、形は変わっても中身は同じということであって、のぼりも形を変えて現在も引き継いでいることになり、見た目は色鮮やかにもなって、昔のような白黒だけの模様ではなくなったわけですが、根本にある誰が見ても一目で分かる細工をしてあることであり、相手に対して宣伝というか、知らしめることのできる有効的なものが「のぼり」なのです。
先程、日本人であることには代わりはないと言いましたが、武将時代の日本は鎖国状態でもあり、外国のことを全くわからない時代でしたから、日本人という意識は今よりも薄かったかもしれませんし、日本人であることを誇りに思うようになったのは、幕末時代の頃からかもしれませんので、同じ血を引いている意味では同様かもしれませんが、日本人としての意識や考え方というものを考えると、同じでないようにも思います。
のぼりも同じことでして、のぼりに対する考え方や思いは多少なりとも違うところがあり、今の日本では商売をしている店などで利用するのが当たり前と変わってきています。